鈴木大拙館にて

鈴木大拙館の水鏡の庭に落ちてしまうのは実は

禅が日本から海を渡り、「ZEN」となり広がり大きな広がりを作った功績者の1人が鈴木大拙です。

石川県金沢市に生まれた世界的な仏教哲学者です。

生家の近くの本多町に、「鈴木大拙館」があります。石川県ゆかりの谷口吉生氏による設計です。

哲学館でも、資料館でも、記念館でもなく、建物そのものが鈴木大拙やその思想を表したものと言えるのではないでしょうか?

ここに、訪れる人を魅了する「水鏡の庭」というスペースがあります。
ここに来ると、カメラで撮影する人が一気に増えます。

建物としての造形美の評価も高く、本多の森の四季を背景に写真に収めたい気持ちはとてもよくわかります。

この空間は禅寺の「枯山水」の世界を、砂に変わって水で表現しているような空間です。

ちょっと気になるのは、この「水鏡の庭」を囲む「柵」の高さについてです。

転落防止にしては低い感じはあります。

「子供が落ちたらどうするんだ」というご指摘があるようですが、今までに落ちたことがあるのは「大人」の方だそうです。

写真撮影に夢中になってザッブン、とのことです。

30センチほどの柵をめぐる判断や評価や、転落の人間模様を頭に思い描きながら「集中」と「夢中」の違いを思い出しました。

「集中」は、没頭しているようでも、自分や周囲に気づきがある状態。
一方、「夢中」は、やっていることに囚われすぎて、周囲が見えなくなっている状態。

なるほど〜、この違いを説明する一例なんだなと思ってニヤリとしてしまった私です。

「水鏡の庭」に至るまでに通る「展示空間」「学習空間」では、いつ行っても大拙の書や写真を通して「無」つまりは「囚われがない」ことについて我が身を省みることができます。

楽しみ方は人それぞれありますが、くれぐれもお足下にご注意を。

-鈴木大拙館にて