自己洞察瞑想療法を知る

ほとんどの人は最初はわからない:自己洞察瞑想療法の洞察実践3「心に包んで映す」|うつ・不安障害を治すマインドフルネス

今日は、うつ・不安障害を治すマインドフルネス―ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」の第1セッションにある●洞察実践3●包んで映すについて書いてみます。

最初にしてかなり難関のテーマ

私は、「心に包んで映す」は、自己洞察瞑想療法の実践の最初にして最難関のテーマだと思います。

包んで映すは、できれば最初からわかった方がいい

実は、何を隠そう私は、マインドフルネス瞑想療法士の育成講座の時に、「心に包んで映す」の実践は本当によくわからないまま1年間過ごしました。

教え始めてからも、「あー、そういうことだったのか」と思ったり、「これは、お客様に今教えてもきっとわからないだろう」と思ってみたり、あまりはっきりと教えてきませんでした。

ところが、面談や記録で頻繁にお客様のサポートをするようになって、言語でこのことを説明する機会が増えたこともあり、自分の中でもどう教えていくかまとまってきたこともあり、今回は、テキスト27ページの

自分の心は「意識されたものを包んで映すもの」であることを実感し、自覚しましょう。

について、実践に必要なことだけを簡潔にまとめてみたいと思います。

自分の心を立体的にとらえてみる

ということで、「自分の心は「意識されたものを包んで映すもの」として、私なりに図にしてみましたところ、大田健次郎先生には「よいです」とお墨付きをいただきましたので晴れてホームページで公開させていただきます。

テキスト27ページの図3を立体にしてみました。

最上部に、お花と車の音を映す「鏡やスクリーンのような場所」があると捉えてください。

目の前にあるものや、音は、見よう、聞こうとしなくても、必然的にこの「鏡やスクリーンのような場所」に映ります。

お花(対象)を見る心の働きは、見る作用(視覚作用)
車の音(対象)を聞く心の働きは、聞く作用(聴覚作用)

です。

今の瞬間に、心の中に、自分の心の働きを映して観察することを「自覚」といいます。

と、書かれていますので、ちゃんと自分の心の働きがわかっていることが「自覚」の条件になります。

「鏡やスクリーンのような場所」に映った内容(対象)ばかりを追いかけているのは「自覚」ではありません。

つらい人が見ているのは内容

レッスンを始めたばかりのお客様の中には、自分を観察するのがつらすぎて、観察をやめたいとおっしゃる方がいます。

しかし、そういう場合は、つらい思考、つらい記憶の中身ばかりを追いかけていて、自分の心の働きが何なのかまでわかっていないことが大半です。

この場合の心の働きは思考作用です。なので、「考えている」「思考している」「思い出している」とわかれば自覚です。

観察していてつらい人は、まず「考えている」「思考している」「思い出している」とわかることを目指します。

いちいち口に出す必要はないのですが、はじめは「考えている」「思考している」「思い出している」とつぶやいてみるのもいいかもしれません。

やがて練習を積み重ねていけばつぶやく必要もなくなると思います。

対象と作用を包んで映す場所

上記の画像では、「意志的自己」と書かれている丸い場所があります。

意志的自己は、意志作用を起こす自己であり、その上層の鏡のようなスクリーンのような場所に映った「対象」と心の働きである「作用」を「包んで映す場所」です。

ここがテキストの図3の「心の場所」と呼ばれる場所と考えてみましょう。

この場所に映った「対象」と「作用」を、あるがままに観ることが真に客観的と言えるのでしょうけど、意志的自己は自らを観察することはできません。

さらにその奥の自己が観察できそうですが、その奥の自己は上層の自己を対象的に観ないと書いています。

じゃ、その奥の働きと奥の丸く書かれた場所は何なの?

という話にはなるのですが、そこは、また別の機会に書きたいと思います。

自己洞察瞑想療法での「心」というのは、器のように立体的な構造になっていて、最深部は全てのものを包み映す場所となっています。

より深い心の場所を理解していくことが、自己を深く知っていくことになります。

第1セッションでは、そこまでわからなくても大丈夫です。本格的には7セッション以降で、その謎が解けていきます。

ということで、

まとめますと

まずは、心のしくみを荒削りに理解して、「対象」と「作用」の違いやそれを観察するということを体験していきましょう。

と言えます。まずは実践、よくわからない時は、ぜひお声がけくださいね。

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