鈴木大拙と西田幾多郎

「鈴木大拙を知る書のワークショップ」華雪×猪谷聡に参加してまいりました:KUMU 金沢 -THE SHARE HOTELS-にて

2017/11/04

マインドフルネストレーナーの羽利です。

先日、2018年8月にオープンした「KUMU 金沢 -THE SHARE HOTELS-」で開催されたイベント「『鈴木大拙を知る書のワークショップ』華雪×猪谷聡」に参加してまいりました。

鈴木大拙館や西田幾多郎記念哲学館を巡っていると、鈴木大拙・西田幾多郎の人となりを感じる「書」に多々出会います。

私は、小学校の頃から書道を習い、途中に中断をしていますが、時々無性に墨を硯ですり、筆先に集中したくなる時があります。

そんな訳で、この企画を知った時に、すぐにぜひ行ってみたいと思いました。
今回は、その様子と私がその経験から考えたことを書いてみたいと思います。

大拙の「玅」

今回、ご教授いただいたのは書家の華雪さんと鈴木大拙館学芸員:猪谷聡さんでした。

ワークショップで書いてみる文字は「玅」でした。

「玅」は「妙」です。

猪谷さんには、大拙と書と、今回書いてみる「玅」についての解説をしていただきました。

「玅」は鈴木大拙館で展示されているのを何度か見たことがあり、偏が「女」ではなく、「玄」である点が興味をそそります。

「玄」には黒いとか、始まりとか、奥が深いなどの意味があります。

あと、個人的な解釈ではあるのですが、老荘思想の「玄」や内奥のエネルギーに相当するのではないかとも思いました。

で、

鈴木大拙は「妙」の意味を英訳するにあたり、どうにも表現ができずにシェイクスピアの

「O wonderful,wonderful,and most wonderful !and yet agein wonderful …」というセリフを用いたとのこと。

myoudaisetu

大拙は「玅」をそのように紹介した訳なのですが、猪谷学芸員曰くこの言葉を発する時の内奥からの「立ち上がり感」を表現しているとのこと。

感覚ですか・・・

確かに、

奥深さに感動する時、身体の奥からゾクゾクして、一瞬、言葉を失う時間があって、
「すんばらしーーーーー」って、思う時ってあるけど、

あの感覚までもは、言語化することはできない。

「O wonderful,wonderful・・・・」は、「玅」の英訳ではない。

なんだかその奥深さに触れて、「なるほどーーーっ」って、思った瞬間に自分から立ち上がってくる

これも「玅」なんだろうなぁと、しばし気づきに耽っておりました。

希少伝統工芸:金沢の二又和紙に「玅」を書く

華雪さんからレクチャーを受けて、いよいよ筆を持ちます。
馬の毛、鳥の羽、竹の繊維で作られた筆など10種類以上はありました。

新聞紙での練習を経て、金沢でかろうじて受け継がれてる「二又和紙」に書きます。

「せっかくの上質な紙に書くんだから、うまく書きたい」という思いはない訳ではありませんでした。

でもこの時に私の頭に浮かんでいたのは、鈴木大拙館で出会った「すーっとやるんだよ」いう大拙の言葉でした。

とらわれなく、すーっと・・・

そのことにもとらわれない。
そのことにもとらわれない。

ただただ、筆に任せる。
丁寧にすきあげられたであろうコウゾ・ミツマタの和紙の滑りは、なんと気持ちの良いことでしょうか・・・

myou2

いい感じであります。

そして「竹」の紙にも書いてみる。

ザラザラしていて、本当にこの紙にかけるんだろうか?
また、うまく書きたいという思いがムクムクと湧き上がってきて。

そのことにもとらわれない。
そのことにもとらわれない。

筆に任せて、腕だけでなくからだも動きたいままに動く。

最後に書いた「竹」の繊維の紙に書いた1枚が、自分では気に入っています。

myou1

最初に筆をおいた時に、あまりにかすれるのに動揺したのですが、この紙への好奇心がただ最後まで筆を運んで行きました。

「野心」から「好奇心」へ

久しぶりに筆を持ってみましたが、マインドフルネスの実践をする前と今では、随分、私の筆の運び方が変わったことに気づきました。

これまでの私ならが、ちょっとばかし習っていたがゆえに、やはり「上手く書いてやろう」みたいな「野心」が無意識に働いていたと思います。

もちろん今回だって全くなかったわけでなありません。

でも、今回そういった自分の野心以上に感じたのは、自然と湧いてくる自分や他者、道具、紙、筆に対しての「好奇心」「愛情」「敬意」とともに在る方が、自分は伸びやかになるということです。

後になって、自分なりのマインドフルネス実践の時間だったなぁと振り返っております。

金沢の街には、マインドフルネスを体感できるアクティビティがたくさんありますね。
楽しいひとときでした。

-鈴木大拙と西田幾多郎