トレーナーの羽利です。
前回は、「金澤と禅(2)曹洞宗の広がりに大きく貢献した大乗寺・2人の高僧:徹通義介禅師と瑩山紹瑾禅師」をテーマに、
金沢が曹洞宗の教義拡大の出発点であったということ、そして、初期の基盤を築いた2人の高僧について書きました。
禅で旅する石川:金澤と禅(3)は、禅を英文で世界へ紹介したD.T.Suzukiこと鈴木大拙と鈴木大拙館について書いていきます。
「禅を世界へ」鈴木大拙のふるさと金沢
西田幾多郎の無二の親友であり、禅の世界的な研究者である鈴木大拙も石川県に生まれ、金沢市本多町が生誕地です。
鈴木大拙の父は、幕末に大乗寺(先述)を菩提寺とした加賀藩の筆頭家老本多家の医師を務めており、武家の影響を多分に受けた家に育ちました。
そんな中で、鈴木大拙は、廃藩置県後の社会を生きていくにあたり、武士の誇りを忘れるまい、学問で立身を叶えることがモチベーションになっていたようです。
鈴木大拙は、「禅」を英語で紹介したことで知られますが、中でも「Zen and Japanese Culture」は海外では、駅の「Kiosk」などでも手に入るほど非常にポピュラーな著作と聞いたことがあります。
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また、D.T.Suzuki(大拙・貞太郎・鈴木)の名前は、日本よりも欧米でよく知られているのではないかと言われており、確かに私が「鈴木大拙館」を訪れる時には、かなりの確率で外国人旅行客に出会っています。
鈴木大拙館は、大拙の生誕地:金沢市本多町にあります。日本を代表する建築家で金沢にゆかりのある谷口吉生氏の設計によるものです。
鈴木大拙館は、建物が鈴木大拙の思想そのもの、いや鈴木大拙そのものを表しているようであり、資料館のような風情はありません。
3つの空間と3つの庭
鈴木大拙間は、3つの空間「展示空間」「学習空間」「思索空間」に3つの庭「玄関の庭」「露地の庭」「水鏡の庭」が融合しながら構成されています。
それぞれの空間・庭がストーリーを持ち、背景の「本多の森」とともに、訪れる人の感性に働きかけてきます。
季節ごとの企画展で、展示空間の展示物は入れ替わりますが、そこには解説は併記されていません。
知識・情報への欲求を一旦は保留し、まずは「感じる」ことを促されます(展示物に込められたメッセージも知りたいという方のために、カード形式での解説書を持ち帰ることができます)。
私は、何度訪れても新しく知ることがあります。これまでの企画展を通し、禅に限らず、浄土真宗や禅美術、民芸などとのつながりを知ることができました。
何に出会い、何を感じるか、その時になってみないとわからない楽しみがあります。
また一緒に訪ねる人が変われば、お互いが感じたことを、知ったことをもとに重ねる対話から、新たな気づきや学びもあります。
「学習空間」には、禅文化が色濃く残る金沢らしい空間の「室礼(しつらい)」があります。
その無駄のない「わびさび」の世界は、質素で枯れた感じかと言うと、むしろどこか潤いが感じられるような空間です。
(学習空間の撮影は許可されておりません)
ここに入るなり、驚きのため息をつく外国人旅行客を何度となく見たことがあります。
随所に配置される金沢の伝統工芸品は、洗練された機能美を湛え、それらが前面に出て主張することはなく企画ごとに変わる大拙の「書」を際立たせます。
学習空間に面する「露地の庭」には、幾つかの意図があります。
この紀行文で、書いてしまうと皆様の楽しみが減ってしまうので、実際に足を運ばれた時に、この庭を素通りなさることがないようにお勧めします。
近くにいる職員の方に、解説を求めてみるのも良いでしょう。聞いてみると、この庭に隠された、遊び心を感じます。
大拙の人柄:茶目っ気を表しているのもしれません。
鈴木大拙館「水鏡の庭」と「思索空間」
鈴木大拙館のクライマックスは、「水鏡の庭」と「思索空間」です。
水を一面に張ったプールのような「庭」には、定期的に、機械で水輪が起きるしかけがあります。
その様子を見ていると禅寺に見られる枯山水が想起されます。
また、水面には、空が映り、四季折々の本多の森の木々が映り、建物が映り、訪れる人が映り、覗き込む自分が映り、水面の揺れが器に包まれているように感じることがあります。また、雨の日には、連続する雨粒の描く円弧と雨音が映っては消えていきます。
1つの円弧は他の円弧に影響を与えては、自らも影響を受け、生まれては消え、2度と同じ様相がない世界の縮図を見ます。
自己洞察瞑想法の実践者にとっては、この「水鏡の庭」が単なる水を貼った庭ではないと感じられることでしょう。
「水鏡の庭」を眺めることができる「思索の空間」は、瞑想にはうってつけの静寂な時間を過ごせる一方で、大拙館での経験に創発されて思索に耽ることもあるかもしれません。
むしろ、ここでは、考えにとらわれることを止めるのではなく、思い存分に、感じ取ったことから始まる「思索」を後押しされているように感じます。鈴木大拙が哲学者として、この建物に託したメッセージなのかもしれせん。
また、この空間には大拙が「Universe(宇宙)」と訳し、江戸時代の臨済宗の禅僧:仙厓義梵禅師の禅画で有名な「○△□」がデザインされています。
しかし、パッと見ではわかりません。
実は鈴木大拙館にはもう一箇所そういうスペースがあり、それを探しながら館内をめぐるのも楽しいかもしれません。
また、鈴木大拙館の隣の敷地には、西田幾多郎博士が住んでいたことがあるとのことです。
大拙は、すでに渡米しており、この土地で顔をあわせることはなかったようですが、この場所に鈴木大拙館が立っているのは何かとても意味のあることのように感じられます。
鈴木大拙館に隣接する「松風閣庭園」にも足を運ぶことをお勧めします。
こちらは、本多家の下屋敷があったところです。
日本三大名園の1つ「兼六園」のモデルとなった庭園です。
藩政初期の武家の庭園のお手本であり、また質感の異なる「水鏡(池)」に出会うことができます。