自己洞察瞑想療法を知る

不快なぐるぐる思考がいつまでも続く理由とそのメリットとは何か

自分にとってはあまり望ましくない思考が頭の中でぐるぐるしてしまって(反芻してしまって)困っているという方が、

何かをきっかけにマインドフルネスにたどり着くということはよくあることだと思います。

やめたいのに、始まって頭の中がなかなか休まらないと、頭の中が整理できない、行動できない、

できないことの連鎖に落ち込んだり嫌気がさしたりして、また悪循環を起こします。

そんな状態でマインドフルネス瞑想を始めた人の中には、瞑想中は呼吸に注意が向けられて不快なことを忘れることができたという方もいれば、

相変わらず頭の中が騒がしくて瞑想どころではなく、ちっとも効果が実感できないという方もいます。

実際は、脳の中で、無意識に始まるぐるぐる思考を抑制する部位の活動性が落ちていることもあって、すぐには効果が実感できないというのも致し方がないことなのです。

マインドフルネス瞑想だけが、思考を止める方法ではないですし、できれば先に知っておきたいことを今回は書いてみます。

事実を観ることができない苦しみ

自分を振り返っても、クライアントの方々を見ていても思うことなのですが、

頭の中で不快な思考がぐるぐるしている時というのは、起きている出来事の中で、何が事実で何がそうでないのかが入り乱れて整理できていません。

実際には、事実とそうではないことという分類法の他にも、

起きていることは全て事実だと認めた上で、次のように分類してみることができれば、他者と情報をやり取りする場合にも伝えたいことが伝えやすくなるメリットがあります。

「客観的事実」と「主観的事実」を切り分ける

次のような事例を用いて事実について考えてみます。

Aさんは、会社の人事評価で、今期の目標数値をかろうじてクリアし、頑張ったつもりでいたのに、評価は「C」評価でした。

前期と同様「B」評価がぐらいはもらえると思っていましたが、結果は1ランク下の結果に終わったことが納得いきません。

同僚にも同じような状況で「B」評価を得た人もおり、上司の評価が不公平さを覚え、自分が軽く見られていると感じ、屈辱感で、ヤキモキした気分が続いています。

客観的事実とは

客観的事実と言えるのは、自分以外の他者も見たり聞いたりして知ることができる内容のことです。

「B」評価というのは言語となって見聞きできし、今期の目標をクリアしたという実績は数字として共有ができますので、客観的な事実です。

これらは、Aさんの外側にある情報です。

主観的事実とは

一方で、Aさんの内側で「実際にそう思っている、そういう気持ちである」というのも事実です。

言葉で表現することができれば、共有可能な事実ともなりますが、隅々まで共有できるかというとやはりAさん独自の領域を抜け出せません。

そこで、頑張ったつもり、「B」評価ぐらいはもらえると思っていた、上司の評価は不公平だ、自分が軽くみられている、屈辱感、ヤキモキした気分というのは、Aさんの内側にある固有の事実であり、「客観的事実」に対してそれらを「主観的事実」と分類します。

実際のところぐるぐる思考の状態とは、

思考の中身が「客観的事実<主観的事実」となり、主観的事実が客観的な事実を覆い隠してしまっている状態ではないかと思います。

実際に、クライアントさんと面談していると、私が客観的事実を把握しようと「誰が、いつ、どこで、何を、どのように、なぜ」と紐解いていくと、回答が曖昧なケースが非常に多くあります。

主観的事実はあなたのもの

主観的事実というのは、平たくいうと思考と感情が中心になります。

客観的事実を「どのように受け止めるか」で、その後に続く思考や感情は異なります。

想定より1ランク低い評価を受けたことで、「他に頑張った人がいたのかな」「今期は目標行くのも精一杯で余裕もなかったしあんなものかな」と受容する人もいれば「えー、なんでこの評価なのか正当なフィードバックがほしいな」と考える人もいます。

一方で、Aさんが自分という人物や存在自体が軽くみられていると決めつけるのは考えが飛躍しています。

評価を受けたのは、Aさんという人物や存在ではなく、Aさんの業績だったと考えてみることはできますし、

実際には、Aさんより、良い業績を上げ、あなたよりも組織に貢献したり、よい影響を与えた人がいたのではと建設的に考えることもできます。

事実を切り分けて整理し、眺めてみると、Aさんは

主観的事実については、自分の考え方や感じ方がちょっと頑なになっていないかな、飛躍的になってないかな、もう少し柔軟に捉えてみることはできないかなと問いかけることで振り返りやすくなりますし、

どうしても納得ができない場合は、客観的事実である業績について上司と納得できるまで話し合うという行動を選ぶこともできます。

切り分けないままでいることにも実はメリットがある

もしかしたら「客観的事実」と「主観的な事実」を切り分けるという経験やスキルがなく、ずっと「主観的事実」が頭の中でぐるぐるしたままという方もいらっしゃるかもしれません。

一方で、信じがたいことかもしれませんが、事実の切り分けもできて、不快だとわかっていながら、そのことがずっと継続される「隠されたメカニズム」があります。

思考が止まらないのはしんどいけど、実は今のままでもいい

実は、Aさんと同じ経験をしたBさんという方がいたとします。

Bさんも評価には不満がありましたが、評価者である課長に面談の時間をとってもらい、「納得いくまで」自分の評価の根拠を聞いたとします。

そうすると、Bさんは、自分よりも評価の高かった人たちの成績を知り、努力を知り、あらためて自分にたりなかった部分を知り、あらためて会社が目指していることを確認したり、上司の考えを知ったり、自分の課題を見つけることができるようにもなります。

少し違う行動をするのは面倒ですが、自分の考えや行動を修正していくことにつながります。

とは言え、実際にはそういう建設的な行動を回避するのは、私たちの脳に現状を維持しようという働きが備わっていることにもよります。

思考が止まらないのはしんどいけど、嫌いなあの人との間で失望しなくていい

そして、

「うちの上司は面談を申し入れたところで、どうせちゃんとした回答なんかしてくれないだろう」

「評価が低かった理由やできないところばかり指摘されて嫌な気持ちになるに違いない」

という考え方を持っていたとしたら、関わらないことにメリットはあります。

「上司や会社に失望したり、嫌な気持ちになるくらいだったら、思考が止まらないしんどさに耐える方がマシ」

そんなメリットもあったりしないかなと、私は思ったりしますが、皆さんはいかがですか?

どう行動したらいいか、どう言ったらいいかわからない時は1人で悩まずに

とは言え、今まで自分からぐるぐる思考を解消する行動をとったことがない、どんな風な言葉で相手に話を切り出したり、聞かれたことに回答したらいいかわからないというのは最もなことです。

わからないことは、他者から教わる、他者と一緒に考えるなども行動メニューに加えてみましょう。

では、あなたのぐるぐる思考が、行動を通してスッキリすることを願っています。

まとめ

不快な思考が頭の中でぐるぐるするときには、その中身を「客観的事実」と「主観的事実(思考・感情)」に分けて整理してみます。本当に問題を解決したいと思ったら、どういう行動が必要か考えてみましょう。1人で考えてもわからない時には、他者の力を借りて、行動を広げていきましょう。

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