お薬に対しての正しい知識を持ち善悪判断を乗り越える:「精神科の薬がわかる本」【おすすめ書籍】

病院での治療中に、マインドフルネスのことを知り、興味をもたれる方もいらっしゃることでしょう。

服薬治療は対処療法であり、根本的な治療ではないということを強く感じた方であれば、何か自分の病気や症状、障害が少しでもよくなる方法を試してみたいと思うのは最もなことです。

しかし、マインドフルネスを教えている私ですが、やっぱりお薬のことも大事に考えてほしいなと思うことは多々あります。

今日は、そのことについて書いてみたいと思います。

正しい知識を持つために

率直に言うと、私は、精神科のお薬の全てはわかっていません。

とは言え、カウンセリングや心理療法の受付の段階には、クライアントさんには処方されているお薬をうかがっては、自分なりに確認を繰り返しながら、

そのお薬が、どんな病気の、どんな症状をよくしようとするものなのか、どんな副作用が出るのか、どれくらいの期間効くのかなどを、大まかではありますが理解してきました。

とても役に立っているのはこの本です。

精神科の薬がわかる本 姫井昭男著 医学書院

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ポイントのわかりやすさ、図を用いた薬理の解説、表で整理された情報がスッキリしていて私には大変読みやすいものでした。

また文中のQ&Aのコーナーは、お薬についての誤解や偏見を見直すことには説得力のあるものだなあと感じました。

この本を使うようになって、お医者様の判断、クライアントの症状の理解が進み、

同時に、服薬についての知識、自分に処方されたお薬のことを知っているのと、知らずに言われるがままに服薬するだけ、あるいは薬に対してのネガティブな思い込みを抱えたまま服薬するのでは

クライアントさんの心理療法への「モチベーション」も「効果」も変わってくるだろうなと感じることがあります。

なぜならば、よくなりたいという「主体性」が違うからです。

医師との信頼、自分で自分の症状を事実として伝える努力

服薬が欠かせない双極性障害の方々は、多くの場合、処方されている炭酸リチウムの濃度が適正に保たれないと中毒に陥ってしまうということもあり、総じてお薬についてよく理解されていて、

逆に私が教えていただくことが度々あります。

お医者様はご自身の状態を伝えて、お薬を調整することを常日頃から意識的になさっていらっしゃるのだと思います。

抗うつ薬や睡眠薬を服用されている方の中にも、

自分の症状に対して治療に前向きな方は、ご自身の服薬しているお薬のことを丁寧に私に説明してくださる方もいらっしゃる方もいて、

セッションの時にお薬についてもより良い情報交換をさせていただいているなと思っています。

お医者様は、お薬を処方し、服薬後の経過をよく聴き、お薬を調整したり、様子を見たりして、また調整をするということを慎重になさっていると存じます。

なので、

クライアントさんには、お薬への不信や過信をいったん脇において、勝手に服薬をしない、止めるという自己判断を勝手にせずに、

ご自身の日々のコンディションについて「事実」と「思い」をお伝えして欲しいなあという期待が私にはあります。

薬は「悪」だという思い込みの影響

薬を使わずに治したい、薬をやめたいと願う方には、それぞれそう思う理由があると思います。

私はその願いが心理療法や日常生活の中での実践を通して叶うことをサポートしたいと思っています。

しかし、必要な時に服用するよう指示された頓服薬を「服用してしまった」とか、一旦中断できた薬を再度「服用し始めてしまった」とかいう状況がいざ起きると

一旦、薬が不要になったのにまた逆戻りか、せっかく寛解できたと思ったのに再発してしまった、と落ち込んでしまう・・・

ということがしばしば起きます。

やっぱり治らないのかと落ち込んだり、自信をなくしたりするのも無理もないことだと思います。

しかし、私は、そのお気持ちを知りつつも、この罪悪感のようなものが「引き金」になって症状が再度悪化したり、症状を改善しようというモチベーションが下がってしまうのは、実にもったいないことだなと感じています。

そして、この落ち込みを引き起こす「奥に働く」概念(自己洞察瞑想療法では「本音」:一般的にはスキーマと言ったりもする)への対処力がまだ不安定であると、自己洞察瞑想法の習得度からは考えられるかもしれません。

それは善いこと?悪いこと?

私たちは生きていく中で、しつけや学校教育の中、社会で生きていく中で、やっていいこと・よくないことなどの「善悪」について学んでいきます。

その判断ができるから、約束や規則・法律を守ったり、マナーやエチケットを身につけ、人と一緒に生きていくことができます。

人間が社会的な動物である以上、いつもいつも衝動的に欲求のおもむくがまま生きていくことはできず、

善悪の判断は必要であり、長く生きていくと自分なりの善悪の判断が様々なところで無意識な信念となっていることに気づきます。

例えば、「男性が泣き言を言うのはみっともない」「専業主婦がポテトサラダをスーパーで買うのは手抜きである」「上司の指示には従わなければならない」「困っている人のために募金をするのはよいことだ」

のように、それが本当にいいのかよくないかはさておき、

私たちの身の回りには、根底に何を善とし、何を悪とするのかを前提とした様々なメッセージが溢れています。

それらのメッセージは、ほぼほぼ無意識、反射的に立ち上がってきて、それら自体はその人なりの主観的な事実です。

それらのメッセージを善いとか悪いとか、同意できるとかできないとか、評価するメッセージもその人の主観的な事実でしかありません。

善悪判断から自由になる

とは言え、

今ここで起きている出来事に対しての自分の評価や判断に気づき、あるがままに受容していくことは、マインドフルネスの実践そのものです。

症状は、自分で起きないように完全にコントロールできるものではない生体反応ですから、なんとかしようと格闘する対象ではなく、まずは受け入れる対象です。

でなければ「症状は悪である」「悪はあってはいけないものである」「なくさなければならない」「なのになくならない」「このままなくならなかったらどうしよう」というような、善悪判断の連鎖によって苦悩を増やしてしまいます。

お薬についても「薬は悪である」「薬を飲むのは悪である」「薬を飲んでしまう自分は悪である」のような、善悪判断の連鎖は、服薬の入り口からつまずき、苦悩が常につきまといます。

お薬のうわさを鵜呑みにして、根拠のない非合理的な思い込みから薬を嫌悪し「医師の方の指示通りに服薬しない、勝手にやめる」などの自己判断は症状の悪化を引き起こすことにつながりかねません。

ぜひ、正しい知識を持ってお薬に向き合い、不明な点は医師の方に率直にご相談していただきたいと思います。

マインドフルネスの実践は、服薬治療中の方の助けになるはずですが、厳しい症状との渦中は「服薬との両輪」でありたいものです。

服薬中の方は、ぜひカウンセリングやセッションの開始前にお薬のこともお聞かせください。

一緒にお薬の不安を共有したり、学んでいけたらなあと思っています。

                                                                                                                               

  • この記事を書いた人

羽利 泉(はりいずみ)

石川県金沢市でカウンセリングや「うつ・不安障害を治すマインドフルネスーひとりでできる自己洞察瞑想療法ー」の講座をしたり情報を発信している公認心理師(国家資格)・マインドフルネス瞑想療法士です。マインドフルネスの実践を通し、心身症状で悩む方のサポートをしています。