心理療法(自己洞察瞑想療法)と目的・目標の関係

カウンセリングを受けようかどうか迷っている読者の方も多いかと思うのですが、今日は、当センターの心理療法、とりわけ自己洞察瞑想療法のことを書いてみたいと思います。

いろんな心理療法がある中で

いろんな種類の心理療法・精神療法があります。

なぜ、私が自己洞察瞑想療法を扱っているかというと、自己洞察瞑想療法は、すでにさまざまな心理療法のエッセンスが凝縮された統合的な心理療法だと考えているからです。

2015年に支援を始めた時には、その意識は乏しかったのですが、8年経った今(2023年の段階)は、はっきりそのことを意識して支援をしています。

行動活性化療法、行動療法、スキーマ療法、森田療法やACT(アクセプタンスコミットセラピー)などとの共通項もあり、それらが1冊の本「うつ・不安障害を治すマインドフルネスにーひとりでできる自己洞察瞑想療法ー」となって、手段が見える化され、自分がやっている内容や根拠が確認できるツールがあるのは、それ相応の価値があります。

書いてあることがイメージしづらかったり、文字が多くて読みこなせないという難点はあったとしても、実践の枠組みが見えると、自分が今、心理療法の過程のどこにいるか、何がわかって、何がわからないのか、何ができて、何ができないかを掴むことができます。

一方で、すべての方がこの枠組みの中で、よくなっていくかというとそうは言い切れません。

実際は、実践される方に合わせて、カスタマイズすることも大いにあるのです。

しかし、それを差し引いても、「自己洞察瞑想」という技法をマスターする手順と考えると、実に理にかなった流れだなと思うことは多々あります。

心理療法に目的や目標があるなんて・・・

心理療法に抱くイメージや前提の違いから、誤解されることがあるのですが、心理療法は、支援者に何かをしてもらって、治してもらうという単なる受け身のものではないと思います。

対話だけで進んでいくものであったとしても、聴いてもらって、楽になった、悩みが消えた、ということであっても、自分に問題意識がなければ、治療者や支援者の問いに応える中で気づきを自分の変容に活かせなければ、カウンセリングを受けても何も変わらなかったかもしれません。

そして、心の病で入院や通院して心理療法を受けるような場合に治療計画があるように、自己洞察瞑想療法にも大まかな枠組みがあるということは大まかな計画があると言えます。

しかし、自分の症状に長年苦しんできた方は、支援者が大まかに決めた計画どおりに行くか(もちろん本人の意思も反映しつつ)、不安や疑念を持つのはごく当たり前のことだと思うのですが、

こう考えるとどうでしょう?

自己洞察瞑想療法でセッションが10に分かれているということは、10の習得目標があると言えます。

「え、習得目標?」

人それぞれ内容が異なり、波がある症状を「治す目標」ではなく「自己洞察瞑想を習得する目標」なのだと。

そして、「習得目標」のように、自分の意思と無縁に他者から決められた目標だけではなく「実際に自分が叶えたいと思っていることを叶える行動目標」なのだと。

症状をなくすことそのものを目標にすると、「いくら心理療法に取り組んだって、全然、症状が良くならないじゃないか。やっぱり治らない。」と悲観的になります。

(よくならない症状に注意が向いて嫌悪する「症状探し」の習慣が身についている人は、やめない限りずっと症状に苦しみます。)

症状が良くなるのは、「月単位」の実践(行動)の結果です。

症状には良い時もそうでない時もあるのですが、症状にどのように対処しているか、対処方法を変えない限り、症状に振り回されることになります。

そして、その嫌悪的思考がストレスを生み出して、さらに脳に悪影響を及ぼす連鎖を生み出します。

自己洞察瞑想療法に臨む目的と目標は?

自己洞察瞑想療法に臨む目的と目標は?

私の支援の苦い経験ですが、ここがずれていると最後までボタンのかけ違いのまま、つらい実践が続くなと思っています。

自己洞察瞑想療法の目的とは「行き先」ようなもの

自己洞察瞑想療法の目的を考える時に、こう考えてほしいなと思います。

この心理療法を実践して「あなたはどんな生活を送りたいですか?」

答えにくいようなら「症状が改善したら」という条件を加えてみてもいいかもしれません。

例を挙げれば、

「今よりも、趣味の時間を楽しみたいと思います」

「今よりも、職場で苦手な人のことを気にせずに仕事に集中できるようになりたいです」

「今よりも、人に寛大になりたいです」「今よりも、人前で堂々と話せるようになりたいです」 などなど

ここで「眠れるようになりたいです」「パニックを起こさないようになりたいです」など、具体的な症状の改善に捉われすぎないことが大事です。

症状は、自分の意志で直接コントロールできないですし、眠れないことが「悪」、パニックが「悪」という判断基準があると「悪」との戦いがつらくなるからです。

ちなみに、見出しに「目的とは到着地点」と書きましたが、目的は、書き換えられることもあるので、到着点でもあり、過程にもなりうるものだと思います。

別の言葉に置き換えるとしたら「ビジョン」という言葉でもいいかもしれません。

自己洞察瞑想療法の目標とは「停留所」「道標」のようなもの

自己洞察瞑想療法の目標は、こう考えて欲しいと思います。

1つ目は「各セッションのテーマ、ねらい、習得目標のこと」で、テキストに沿った目標のこと。

2つ目は、テキストのテーマに限定されず、「あなたが自分で決めた目的を具現化するための行動を通して達成する」あなたが任意で自由に決めた目標のこと。

心理療法全体が旅だとすると、目標は、次のセッションに進む前の停留所であり通過点です。

もしかしたら「スタートから何キロ」「残り何キロ」と示した道標のようなものと言えるかもしれません。

ちなみに、一例ですが、

睡眠に問題のある方は、最低5時間は中途覚醒しないように寝れるようになるとか設定しないでください。

先述しましたが、症状は、自分の意志では完全にコントロールできないのです。

そして、

症状が良くなるのは、「月単位」の実践(行動)の結果です。

だから、すぐに結果は出ても出なくても、いちいち一喜一憂もせず、自己洞察瞑想法のスキルを自分で試しながら焦らずに身につけたり、自分で決めた目標に向かって行動することを目標としていくのです。

なぜならば、自分の行動は、知識とトレーニング次第(いかに効果的に行うか)で自分の意志でコントロールできるのですから。

ちなみに自己洞察瞑想療法のセッションのテーマは、1つ1つ達成できなくても悲観することはありません。

あなた自身で定めた目標も、完全に達成できなかったということは決してないはずなので悲観することもありません。

なぜなら、翌月以降の実践の中で、腹落ちしたり、自分なりのコツがつかめる日が来るからです。

よって「とにかくやってみること」を通して、体験からコツを学んでいくことこそが大事なのです。

「行き先」も「停留所」もない旅って?

心理療法は、旅のようなものです。

自分を振り返ったり、理解したりするのは、時に痛みを生じることがあります。

新しいスキルを身につけることは、慣れないやり方に挑戦することでもあります。

そんな中、お金も時間もかけてやっているのに、結果が伴ってこないと不安や疑念や焦りが生じることもあります。

そのように心が揺れる一方で、今までやってこなかったようなスキルを知り、目から鱗がはがれ落ち、新しい世界が開けることもあります。

この旅を行き先も停留所もどこにあるかわからない「ブラックボックスのような旅」とするか「新たな発見や出会いのある旅」にするかは、あなたはどちらがいいですか?

前頭前野と目的、目標の関係

大脳新皮質の前頭葉の「前頭前野」は、目的を決定しています。

そして、前頭前野は目的を叶えるためにどう行動すればいいか、情報を集め、考え、選び、目標を設定し、行動し、忘れかけた目標を思い起こしては、行動し、というプロセスに大きく関わっています。

近年、うつ病は「脳の病変」という表現がたびたび聞かれるようになりました。

前頭前野に病変が起きることで様々な精神症状が現れるようになります。

自己洞察瞑想療法は、この前頭前野を活性化する課題の宝庫です。

そして、症状が改善してから、目標をもつというよりも、

実際は、自己洞察瞑想療法に取り組みながら、目的と目標を明確に意識しながら行動した方が、前頭前野の活性機会が増え、回復が早くなると考えられるのではないでしょうか。

このあたりの詳細は、マインドフルネス総合研究所の大田健次郎先生のホームページに、信頼できる参考文献をもとにまとまっていますので、ご一読いただけると腑に落ちるのではないかと思います。→こちら

支援者としても大事にしていきたいものです。

 

 

 

  • この記事を書いた人

羽利 泉(はりいずみ)

石川県金沢市でカウンセリングや「うつ・不安障害を治すマインドフルネスーひとりでできる自己洞察瞑想療法ー」の講座をしたり情報を発信している公認心理師(国家資格)・マインドフルネス瞑想療法士です。マインドフルネスの実践を通し、心身症状で悩む方のサポートをしています。